出会い

ありこさんが出会ったときのことを書いてるので、私の視点のお話を少し。

2011年の五月。
一回目の一時帰宅で、猫を二匹保護したものの、残る一匹。
母の愛猫ボンちゃんを保護できなかった私は、深く悩んでいました。

当時は二次避難施設の裏磐梯にいて、自宅のある浪江町までは車で3時間ほどの道のり。
警戒区域に設定されて、自由に入ることもままならず・・・
私は車の免許も持っていない。

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あちこちに設置されたバリケードのせいで、自宅へ近づくこともできません。

そんなときに、警戒区域になった圏内で猫を保護している人がいるという話を聞いたのです。
中に入っているという団体や個人は何か所かあって、当時、連絡先の分かるところには連絡を入れたり保護の依頼をしていました。

そんなある日、福井県にあるねこさま王国という団体が圏内に入るという話を聞きました。
連絡先の電話番号を教えてもらって・・・

事前に調べた、ねこさま王国のHPには「家猫5匹保護猫その時たくさん。にゃんこにまみれた幸せな?猫の王国の召使です・・・。」と書いてあって・・・

・・・・本当にこの人が、福井県から福島まで来て、猫を保護してくれるのだろうか?と不安になった。
だまされてるんじゃなかろうか?と思ったりもした。

変な人でもいい。猫を助けてくれるなら・・・と、意を決して電話をかけました。

電話口に出たのは、やさし気な語り口調の女性で・・・
私の携帯の通話料のことを気にして、すぐに折り返して電話をかけなおしてくれた。

何を話したのかよく覚えてないけど・・・
うちの猫がまだ一匹保護できないんです、助けてくださいとお願いしたと思う。
そしたら、中山さんは・・・
「一緒に行きませんか?」と言ったのです。

それまでに電話したいろんな団体は、そんなことを言う人はいなかったので、とても驚きました。
猫が助かるなら・・・
私が行っても迷惑にならないなら・・・

そんなわけで・・・自宅のある浪江町にたどり着いた私。
(そこまでの行き方は、森さんの本でご覧ください)

ありこさんはまだ到着していなかった。
自宅で捕獲機の使い方のレクチャーを受け・・・
猫を探して、たださまよっていると・・・

しばらくして、ありこさんがやってきた。
車から降りてきたありこさんは・・・

たくさんの荷物を手に持っていて・・・
「はい、バーベキューセット。」
「はい、魚」
「はい、ウインナー」
「はい、ソース焼きそば」
「はい、柿の葉寿司と焼き鯖寿司(人間用)」

山のように、いろんなものをくれて、これで匂いを出して、猫を寄せ集めてくださいと言っていたような・・・

「じゃ、頑張って!何かあったら、連絡してくださいね」
と去っていった。
対面時間はたぶん、30分に満たなかったと思う。

一人、取り残された私は・・・
勝手知ったる我が家で、バーベキューをするという任務を遂行するべく動き出しました。

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困ったのは、火を付ける道具がなかったことでした。
震災当日、停電で真っ暗だったので、ライターなどを使ってろうそくを使ったことは覚えている。
その後、何かあったらということでライターは、父がもって避難していた。

自宅にあったのは、仏壇のしけったマッチ数本。


着火剤はなく、炭に火を起こさなければいけない。
最初の一本は、着火剤代わりにしようと思った新聞に火を付けたとたんに消えてしまって・・・
炭までには火が届かず・・・

地味にピンチだった。

残りのマッチは真剣に頑張らないと、サバイバル並みに木材をこすり合わせて火を付ける羽目になる。
・・・屋内にあった新聞や雑誌を総動員して・・・
ようやく炭に火は起きました。

見たことのない形の魚に、『この魚はいったい何だろう…???』と思いながら、
焼き始めると、今度は別の問題が発生しました。

頭上をトンビが飛び始めたのです。
カラスもギャーギャーと鳴いています。
魚の焼ける匂いで集まってきたのでしょう・・・

煙ももくもくと出始めました。

『このままじゃ・・・猫が来る前に警察が来てしまう・・・・』
と焦っていたその時でした。

裏庭の方から、ボンちゃんの声がしたのです。

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追いかけると逃げてしまう、ボンちゃんを追って・・・
裏庭に向かう私。

バーベキューのことはすっかり頭にありませんでした。

ボンちゃんを無事に確保するまでにかかった時間は5分くらい。
最初はシャーとか怒っていたボンちゃんでしたが、捕獲して、二階の私の部屋に閉じ込めると、今までに見たことがないくらいに痩せていました。

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(のちに、どこが痩せたの?と聞かれましたが)

ボンちゃんを確保したことで、安心して・・・
火が付きっぱなしだった、バーベキューセットのところに行ってみると・・・

網の上は空になっていました。
倒されることもなく、きれいに空になった魚とウインナー。
あの当時飢えていた、犬か鳥か・・・だれかのお腹をいっぱいにする役には立ったみたいです。

ボンちゃんを保護したことを連絡すると、ありこさんはとても喜んでくれて・・・
私もうれしくて・・・・
泣いた。

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翌日、迎えに来てくれたレスキュー班が保護したツナミ君。

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捕獲機を使うこともなく、ケージの中にご飯を入れると、素直に入ってくれました。
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時が経って、振り返ってみると、笑い話になってしまうのだけど・・・
あの当時、本当に必死でした。
あの時、ありこさんに電話して良かった。

そうしなかったら、ボンちゃんは助かっていなかったかもしれません。
出会えてよかった。

本当にそう思います。





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名付ける。

前回のまとめ。

にゃんこはうすがOPENすることになって、
大自然の中でハイジのように暮らしてみませんか?という誘い文句にのって、やってきた私。
何をしていいかわからず、右往左往するばかり。
犬は元気に吠えまくり・・・

凹む私。

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そんなこんなで、テンパっておる間にも、刻々と時間は過ぎて・・・
猫がやってくることになりました。
頭数は8匹。

そう聞いた瞬間は、『思ってたより少ないな…』と思ったのですが・・・
8頭分の二段ケージを用意して・・・
トイレを用意して・・・と思ったら、数が足りなくて
段ボールで作ったりして・・・

そうこうしている間に猫がやってきました。
オスが5匹。
メスが3匹。

しかもオスのうち、二匹は負傷猫。
一匹は、痩せて大きくなった首輪がたすき掛けになり、深く体に食い込んでいる状態でした。
その日のうちに会津若松の病院に入院になったラッキー。
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同じ部屋にいるだけで、膿の匂いが鼻をつく。
つけていた首輪は、膿にまみれて模様も色もよくわからない状態でした。

そして、尻尾のちぎれた白猫。
おそらく、けんかか獣にやられた傷と思われますが、尻尾の先端から骨が見えている状態で、
切断が必要で、地元の病院で処置を受けました。
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このあたりの時系列が、はっきりしないのです。
猫が一気に8匹来たのか・・・何匹かずつきたのか・・・?
ありこさんに聞いてみようかな?

たぶん、いっぱいいっぱいで脳内メモリに記憶されてないのだと思います。
パソコンでいうなら、アプリをいろいろ起動しすぎてメインの動作がめっきり遅く、処理能力の限界を超えてた感じ。

保護されてきた猫たちは皆、状態が悪かったので、
まずは病院に行って、検査を受けました。

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(何日かして、優雅に過ごす犬)

その後、猫たちを感染症の有無で部屋を分けて、ケージに移し・・・
もちろん、保護猫の扱いなんか全然知らない私にはできず、保護してきたレスキュー班が移してくれました。

猫がパニックにならないように、バスタオルで包んで移動させるといいというのも、この時初めて教えてもらいました。

・・・と、ここで言い訳をしておくと、
この時まで、私は猫をケージで飼ったこともなく、二段ケージのセッティングも当然できなかった。

敷き物をしいて、トイレをセットして、エサ入れと水入れを用意して・・・
言葉でいうと簡単なんだけど、猫が二段目から降りるときに邪魔にならないようにトイレを設置しないといけないし・・・・
もちろん、フードボウルも倒れにくい場所に置かないといけない。
それでいて、猫のくつろげるスペースも確保しないといけない。

今なら当たり前にできることの何もかもが初めてで、
自分の家以外の猫、しかもどんな子かもわからない猫に接するのも初めてでした。

猫はぐったりしている子がいれば、シャーと威嚇している子もいる。
すぐに様子を見て、触りたいが・・・ケージに慣れて落ち着くまでそっとしておくのを知ったのもこの日でした。

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目を開けたまま、くーくーと寝息を立てて寝ている猫。
時折、ぴくっと手足が動くのは痙攣してるんじゃないかと心配だった。

次の仕事は、猫たちに名前を付けることだった。
これが意外に難しくて・・・
名前を付けるってことは、その子に責任を持つっていうことでもあって・・・
これまでの人生で、名前を付けた子は、みんな自分の家の子になった。

ぷーを亡くしたばかりで、(別に保護された子の里親になるということじゃないのだけど)その子の今後に責任を持つっていうのが、決心がつかなかったし・・・
単純に会ったばかりで名前をつける判断材料に困ったというのも原因の一つだった。

ただ、名前を付けるっていうことができずに、困っている私を見かねて、
結局ほとんどをありこさんが名付けてくれました。

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リル
理由:川のそばっていう地名で保護されたので。
川→リバー→リル

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こもり
理由:こもりっていう地名の場所で保護されたから

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くり
理由:○○くりっていう、地名の場所で保護されたから。

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ラッキー
理由:大けがをして、保護されて、命の瀬戸際で助かってラッキーだったから。

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ほたる
理由:川のそばって意味の地名で保護されて、川→夏だし→蛍

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ひじり
理由:ひじり○っていう地名で保護されたから。

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やきそば
理由:保護した場所が浪江やきそばの店のそばだったから。

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ルル
理由・・・ルルって感じだから・・・(地名じゃないんだ・・・)

・・・・・・よく思いつくなぁ・・・
と感心したのが半分。

・・・そんなんでいいんだ・・・
と、肩の力が抜けたのが半分。
残りの二匹、しっぽがちぎれてしまった男の子は私が名前を付けました。

ゆき、とか、
うさぎ、とか、
思いついて・・・
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ねこさま王国の過去の保護猫との兼ね合いとか、いろいろで・・・
『ゆきうさぎ』になった。

名付けただけなんだけど・・・・
それだけで、特別な存在になる。

保護猫ちゃんっていうのじゃなくて、名前がつくことで、その子になる。
個性を感じられるようになるのは、不思議な感覚です。

(続きはまた後日)










指令という名の無茶ぶり

それは、確か2011年の7月中旬のことだった・・・
大恩ある福井県民から電話がかかってきた。

その前の月に、私はその人の助けを借りて、ボンちゃんという母の愛猫をようやく保護出来て、
しかも、一緒に住める状況になかったので、預かってもらっていたのだ。

なんの電話だろう?
まさか、ボンちゃんに何か???
精神的に不安定だったし、ぷーを亡くしたばかりでもあったので・・・
私はたぶん、すごく緊張していたと思う。

そんな私に、中山さん(当時はこう呼んでいた)は言ったのだ。

「大自然に囲まれて、ハイジのように暮らしてみませんか?」

漫画風に表現すれば、その時私の目は点だったし・・・
頭上には変な鳥が飛んでいたのではないかと思う。

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と、いうわけで、にゃんこはうすの昔の話。
第二弾です。

文字ばかりだと読みにくいので、当時の写真と秋ごろの写真を挟んでお送りします。


目が点になった、私は、確か・・・
「どういうことですか?」と聞いたような気がする。
さっぱり意味が分からなかった。

何しろ、そのころ避難していた裏磐梯はそれはそれは、大自然に囲まれた場所で、熊も出るしカモシカも出る。
大自然の中でハイジのように暮らしているといえなくもない状況だったからだ。

その時なんと説明されたのかよく覚えてはいないが、警戒区域の猫たちを保護して、
体調が安定するまで一時的に保護する施設を作りたいと思っていて、建物は借りて、猫部屋も一部出来上がったのだが・・・
そこに常駐するスタッフの都合がつかないという話だった。

常駐する予定のスタッフが、現地に行けるまでの数週間。
犬を連れてきてもいいから、大自然に囲まれたにゃんこはうすで、猫の世話をしてもらえないか?というオファーだったのだ。

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犬を連れて行っても良いというのが、魅力だった。

避難生活中で、やることもなかったので、毎日おっさん犬と散歩ばかりしていた私は、たしか親がOKしてくれればいいですよ~的な返答をした気がする。

大きな震災があって、命からがら逃げだして、避難所生活から、ようやくプライバシーのある二次避難施設に来たばかりで・・・
親は最初渋っていたように思う。
でも、私の決意が固かったので、それなら、一度その場所を見に行ってみよう!ということになった。
当時、妹家族がちょうどにゃんこはうす近くのアパートに避難生活を始めたところで、
そこに会いに行きたいというのもあったので、数日後くらいにはようすを見に行ったのでした。

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にゃんこはうすが間借りしていた、牧場の名前は聞いたことがあった。
たしか、馬がいて、子供が遊びに行くような施設だった。
おぼろげな知識で、地図を開いて(当時はカーナビがなかった)向かったその場所は・・・・

それはそれは・・・
大自然に囲まれていた。
うっそうとした、木々に覆われた道を延々延々と車を走らせると・・・
こんなところに人がいるのかしら?と思った頃に、顔を出したのはサルで・・・

不安になった。
私、こんなところに一人で生きていけるのかしら??

親も同様だったらしく、しきりに30を過ぎた娘の貞操を気にしていた。
いわく、強盗が来たらどうするのか?
へんな人が女一人だと思って来るかもしれないが、どうするのか?

事前に下見をしたせいで、不安は大きくなった。
それに、免許をとったばかりの私(震災の時は免許を持っていなかったのです)が、
裏磐梯からにゃんこはうすまで二時間ちょっとのドライブができるのか?

不安材料ばかりでした。
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『山の中の三角お屋根の白い建物で、
大自然に囲まれて、ハイジのように暮らしてみませんか?』

今にして思うと、この誘い文句にOKした自分が信じられない。
すごい無茶ぶりだな~と思う。

何しろ、電話で話してはいたけれど、私とありこさんはその当時、一度会っただけ・・・という間柄で。
お互いに相手がどんな人か良くわかってなかった。

そんな相手に頼まなきゃいけないくらい、困っているのだろうし・・・
猫の助けになることだから・・・
そんな単純な思考回路で、行くことを決めた。

やがて、8月になって・・・
ありこさんには「8月13日10時ころにに来てくださいね~」って、言われていたので、
バッグひとつに身の回りの物を詰めて(当時はそのくらいしか荷物がなかった)
犬をお供に出かけて行った私が見たものは・・・

山のような支援物資と、たくさんのボランティアの人たちだった。
「・・・中山さんは???」
と思っていると、嵐のように現れたありこさんは、話す間もなくレスキュー班とあっという間に去っていき・・・

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何をどうしていいのかわからない私と、てきぱき働くボランティアの皆さまが取り残されたのだった。

レスキュー班が猫を連れ帰るまでに、猫が入るケージを用意しなきゃいけない。
フードや、猫砂やトイレの用意も必要だ。
部屋を仕切る工事で、木くずだらけのお部屋も掃除しなきゃいけない。

にゃんこはうすに到着する前に猫を飼い主さんのところに届けてきたという、空になったキャリー(しっこまみれ)も
洗わなきゃいけない。
この日は、折悪しく風のない暑い日で・・・・

森の谷間に張り付くように立地したにゃんこはうすは、無風。
熱いゼリーのようなもったりした空気に覆われていました。

暑い・・・
窓が開いていても、風が入らない・・・
汗ばんだ体にアブが入れ食い。
追い払っても追い払っても、入ってくるアブに何度刺されたか・・・
(アブとは、セミを3センチくらいに小さくしたような生き物で、人や動物の生き血や樹木の汁を吸う虫です)

というのも、この当時、にゃんこはうすには網戸がなかった。
しばらく使われていなかった建物だったので、劣化を防ぐために網戸が外されていたのだ。
網戸を探して、設置したのも、この日だったような気がする。

とにかく、何をしていいかわからないし、ケージの組み立て方も分からない私は・・・
てきぱきと作業を進めるボランティアさんの間を行ったり来たり・・・
右往左往するただの役立たずだった・・・

「何かすることはありますか?」

小さく(不安で小声になっている)、繰り返しながらうろうろしている・・・
不安そうな顔で、挙動不審な女。
自分で言ってて、むなしくなってきたけど、その時の私はハイジじゃなかった。

どっちかっていうと、マッチ売りの少女・・・っぽい。

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そんな私のところにやってきた、7匹の猫。
どうなるのでしょうか・・・


ネガティブなまま終わる。
続きはまた、気が向いたら。







にゃんこはうすの昔の話。

その昔、福島県の南相馬市というところに、にゃんこはうすというところがありました。
2011年の8月にOPENしたとき、にゃんこはうすのスタッフは私一人と犬一匹。
猫たくさん・・・でした。

猫のことはにゃんこはうすブログにつづっていましたが、その間私と犬がどうしていたか?とか・・・
いろんな思い出話とか・・・
どうでもいい話をしたいと思うので、暇な人だけお付き合いください。

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フローリングの床が傷つかないように、段ボールを敷いていたり・・・
冬の寒さを少しでも和らげようと、アルミシートを敷いていたり・・・

当時の生活はいろいろと試行錯誤でもありました。

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一年目の夏の暑さと、西日の強さに辟易した私は・・・
グリーンカーテンを!と思い立ち、非常勤スタッフのSさんにゴーヤや、朝顔の苗を分けてもらって・・・

にゃんこはうすの周りは、地面が硬くて、すぐにごつごつの岩が出てしまうので、
プランターで栽培をすることにして・・・・
にゃんこはうすは牧場の敷地内にあったので、沢からひいた水が流れているところがあったりしました。
猿蟹合戦のカニみたいに、毎日、苗に水をやって・・・
大きくなるのを待ったグリーンカーテン。

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ここは白血病キャリアっこの部屋の西側。
朝顔がきれいに咲きました!!!

が、しかし、にゃんこはうす一年目の夏・・・
間借りしていた牧場は、沢の水も含めて、完全に水が出なくなったのでした・・・

水をもらえない植物がどうなったかは語るまでもありませんが・・・・
結構、頑張って、次世代に種を残した花もありました。

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おっさん犬を車に乗せて(この頃はまだよっちゃんはいなかった)
遠出の散歩に出かけることも良くありました・・・
その時、頻繁に見かけたのが、このサル。

ニホンザルの群れが、にゃんこはうすの周辺の山々には、
いつも群れがいて、
サルを見ない日はないくらい。
おっさん犬は、サルを追うことを覚えたりしました。

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こんなふうに土砂崩れた道もあちこちにあって・・・
こういうときは、一旦車を降りて・・・

車が通れるくらい道幅が開いてるかな~?って確認して、そーっと通ったりしていました。
(マネしないでくださいね。自己責任でどうぞ)

そんな先にはきれいな清水がわいていたり・・・
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その先にどんどん、進んでいくと、とうとう土砂崩れで進めなくなって、
延々バックして戻ったのもいい思い出です。
この道は、昨年くらいに行ってみたら、まだ復旧していませんでした。

そのころ、にゃんこはうすにいた子たちで、今もいたりするのは・・・
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くまちゃん。
心なしか、若い。

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まだ、シャー!とか言ってました。

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みゅうちゃん。
あんまり変わってないかも?

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暑い時期に、ご支援いただいた冷え冷えマット。
みゅうちゃんがお気に入りでした。

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サークルは、今はいのさんちでぬくぬく暮らしています。
もう、私にもありこさんにも見向きもしません。幸せな証拠です。

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プリン。
窓辺から、外を見るのが好きでした。
今は、ありこさんちの老猫ルームでだらだらしてます。

あちこちの里親さんちで幸せになった子も・・・
飼い主さんのところに戻った子もたくさん。

また、気が向いたら、昔話を。
お付き合いいただけると嬉しいです。




プロフィール

ボンママ

Author:ボンママ
ねこだいすき。
なぜか飼っているのは犬。
石とか貝とか植物もすき。
海外ドラマ好き。

※当ブログはリンクフリーです※

お問い合わせは、
inunoossann.
nekodaisuki
@gmail.comまで。

管理人に物申す
猫へのお問い合わせ
もうちょっと知りたいそこんとこ。
などなど・・・
お気軽にどうぞ。

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にゃんこはうす
南相馬市にある被災猫シェルターです。 福島県原発被災地の猫のレスキュー、家族さがし、里親募集をしています。 多くの方に支えられて、活動を続けています。

にゃんこはうすで、今必要としているものは、Amazon.JAPANのたすけあおうNIPPON 東日本大震災のページに掲載して頂いております

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